Last kingdom3   タナト様作品



  自分のほかにも、カインが仔犬を飼っているのは知っていた。



   







Last kingdom3









それでもフィルは構わなかった。
元来賢い人間なので、カインがなんらかのトラウマや寂しさや孤独を抱えているのは、なんとなく察していたのだ。

いつの時代、どこの場所にも、そういった愛に飢えた生き物というものは存在するのもである。
カインがそれに該当するというのは少し驚いたが、だからこそこんな場所に来るのかもしれない。と思っていた。
もはやフィルにとってカインは「忌々しい客」ではなく「愛するご主人様」なのだから、カインの心が満たされ幸せを感じられるのならば、他にどれだけ愛すべき対象がいても構わなかった。
どこかの作家もいっていたではないか。「愛とは最高の奉仕。微塵も自分の満足を思ってはならない」と。

それにカインは誰か一人を特別愛しているわけではなく、全ての仔犬を特別に愛していたため皆が不満に思うことは何一つとしてないのである。

と、フィルは考えていたがロビンという金髪の犬は違ったらしい。彼は、愛する主人がある一定の犬に対してだけその御身を抱く事を許した!といって愚痴っていた。
それを聞いた時はフィルとて心中穏やかではなかったが、自分はご主人様を抱くより可愛がってもらう方がいい。と結論をだしたため、ロビンほど荒れはしなかったが。
(しばらくしてから会ったロビンも、結局はそちらのほうがよかった。と照れくさそうに報告してきた。)




つまるところ、フィルはカインの傍にいて愛されれば他はどうでもいいのだ。
















「フィル。お前はそろそろここをでてもらう。」


ある日、ヴィラの支配人とカインとが一緒になってフィルの部屋を訪れた。

毎日カインのおとないを待っているフィルは、カインがきた事でとても喜んだが次の瞬間支配人の言葉に凍りついた。
信じられない思いでカインを見つめるが、カインは沈痛な面持ちでフィルを見つめるばかり。
笑って否定する事もなければ、悪い冗談だと謝罪して頭を撫でてくれることもない。

二人がだす悲痛な空気に気づいているのかいないのか、支配人はそのまま話し始めた。

「お前はパテル・ファミリアス様の財産である。以前のお前では到底従順とはなりえないと判断されたため、我がヴィラに預けられたが、こちらのカイン様によりお前は立派な飼い犬になり、パテル様もそんなお前を認め求められたために明日からお前はパテル様のお屋敷に住まうこととなった。」

フッとカインの目が伏せられた。支配人には決して見えていないようにしてはいるが、カインが第三者のいる場所で
こんなにも自分の感情を出すなど珍しいことだ。
対して、支配人の顔は憎たらしいほどの無表情。

事実なのだ

そう察して、フィルは絶望した。

かつて自分がカインに語った事を思い出す。「嫌がれば、必ずやる。欲しがればもらえない。」




その通りだった。






支配人はこれからの予定を一通り話し、身支度を整えて待っているようにと告げると、カインに会釈して去っていった。


「・・・・・・ご主人様。」

「・・・・・・・・・・・・・。」

「どうして、ご主人様・・・・・・・・・・。このために、このためにぼくを調教したんですか?」

「・・・・・・・・・・・・・。」

「ご主人様がいってくれた事、してくれた事、全部このためだったんですか・・・?」

「・・・・・・・・・・・・・。」

「何とかいってください!!ご主人様!!このままじゃぼく・・・、あなたを信じられなくなる!!」

「・・・・・・・・・・・・・・いいよ。」

「・・・・・え?」

愕然とした。ご主人様は、なんといった?

「いいよ。フィル。俺を信じなくても。だって俺はわかっていた。お前がいつかパテルのところに帰るだろうことは、わかっていたんだ。」

「じゃあ・・・、そのためにぼくを・・・?」

「冗談じゃない。何故俺がパテルなんぞのために調教なんて事しなきゃならないんだ。」

吐き捨てるようにカインは声を荒げた。イライラしているのがフィルにもよく伝わってきたが、微かに声が震えていたように思うのは気のせいだろうか。

「俺は俺のためにしか調教なんて真似しない。だから、俺はお前を欲したからお前を俺のものにしようとした。これは絶対だ。」

「それじゃあ、どうして・・・・ぼくを手放すんですか・・・・」

「お前はパテルのものだからだ!!!!」

何故こんなにもままならないんだ、と何かにぶつけるようにカインが怒鳴る。今までカインが怒鳴ったところなど見たことがないフィルはびくりと肩をゆらす。

けれどカインが前髪を掴み、そのまま立ち尽くしてしまったので心配して顔を覗きこむ。

「ご主人様・・・・?」

「・・・・・っ」

「っ!」

フィルは吃驚した。カインは瞳に涙を溜め懸命にそれを耐えていたのだ。
急に愛しさが込み上げてきて、フィルは幼子のように泣くカインを、ぎこちないながらも優しく優しく抱きしめた。

そうだった。ヴィラの掟は絶対。カインはフィルを愛している。それは紛れもない事実だ。
けれどカインはエリックもロビンも、他の仔犬たちも愛している。それらがくれる愛もそれらに与える愛も、今やカインにとっては呼吸と等しく重要で、食事と等しくカインを生かしているのだ。
フィルがいなくなることにより、カインは確かに痛みを覚える。けれど他の仔犬達に会えなくなることも、彼らに誰かが触れる事もまた多大な痛みをもたらす。
カインにはどちらかを取り捨てることなどできないのだ。

やがてゆるゆるとカインがフィルの体に腕をまわし、力なく背中に手を添える。

「・・・・・・・・はなれたくない・・・・・・・・っ」



あぁ、何故こんなにままならないのだ。

フィルはカインの力ない声と、悲痛な泣き声を聞いて、腕の中のカインをきつく抱くと天を睨んだ。




どれほどきつく抱きしめても、どれほど「この人を傷つけてくれるな」と天に吼えても、何も変わらないとはわかっていたけれど。


















〜数週間後〜



フィルはパテルの館に住み、パテル一番のお気に入りとなっていた。

ヴィラでカインと別れたとき、フィルは心が引き裂かれるほど絶望したが、だからといってそれを受け入れたわけではなかったのだ。
フィルはカインに会うまでの自分がやっていたことを、再びやろうとしている。
カインを知ってしまった後はパテルなどに挨拶をすることすら嫌悪したが、フィルは違和感なくやり遂げそれ以来従順な奴隷を演じ続けていた。

けれどただ逃げ出すだけではダメだ。以前のような失敗は犯してはならない。フィルは必ずカインの元に帰るため、密かにカインの居場所を探していたのだ。

ご主人様とて毎日ヴィラに入り浸っているわけではない。どこかに家があるはずだ。

そう考えたフィルはカインの家に直接向かう事にした。ヴィラでのカインの噂は聞いていたし、カイン自身が家がどんな場所に建っているかと話してくれたこともなく、捜索は難航したがフィルは諦めなかった。

頭を使う事なら得意分野だ。決してご主人様を悲しませ続けるものか。


その信念がフィルを突き動かしていた。







それからさらに数週間後に、噂程度だが具体的な情報を手に入れると同時に、チャンスが巡ってきた。
パテルがフィルを自分のいいように調教するため、家のものにみな暇を出したのだ。
フィルが未だにヴィラの調教師の名残を残しているため、それが気に入らないらしい。
けれどその欲の赴くまま調教すれば、いくら優秀とはいえ勤めているメイドも執事も恐れをなしてしまうだろうし、フィルの他にいる奴隷も逃げてしまうだろうと考えての事だ。

(このチャンスが最後だと思ったほうがいい・・・・)

パテルという男はカインとは大違いで、生粋のサディストだった。
気に入ったものの苦痛にあえぐ姿、息苦しさに滲む涙こそに性的快感を覚えるたちで、かつてフィルに深い深い爪痕を残した「水遊び」も好むと聞く。

いくらフィルでも、カインにだってやられたくないことを嫌悪している相手にされ続けたら発狂してしまうかもしれない。

(そんなことになったら・・・・俺もおしまいだが、ご主人様だって哀しむ・・・・・)

チャンスは、一度。



 


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